ICA関西に所属する会員によるリレー形式で「室内装飾新聞」に「ICの視点」と題してコラム掲載しています。
10月号は、山田邦晴さんに担当していただきました。

室内装飾新聞10月号より

『ICの視点』 ~ 「万博で考えたインテリアとしての音の役割」

素敵なカフェに入ったのに、なぜか落ち着かない。内装も家具も照明も美しい。それなのに、流れている音だけが妙に大きかったり、空間に合っていなかったりする。そんな経験はないでしょうか。

こんにちは、音景舎(おんけいしゃ)の山田と申します。私は30年以上、音響機器メーカーで公共空間の音を仕事にしてきましたが、その中で常々「音は空間を壊すことも、完成させることもできる」と感じてきました。

特に大勢の人が集まる公共空間では、音の感じ方も人それぞれです。ただ、いずれにせよ、無配慮に垂れ流される音は、時として耳に障り、場合によっては空間の品位を損ねかねません。では、公共空間での音は、どのような役割を果たせばよいのでしょうか?

ここで、私の最近の経験をご紹介したいと思います。昨年の大阪・関西万博に行かれた方、会場内に約600台のスピーカーが設置されていたのをご存知でしょうか。私はその整備と運用に深く関わったのですが、実は計画当初「これからの情報伝達には音は不要」という声も多く聞かれました。しかしながら、実際に毎日10万〜20万以上の来場者が会場に押し寄せると、デジタルサイネージ、スマホのアプリ、そして警備員やスタッフが手にするメガホンなどだけでは、とても対応できません。特に、雷雲が接近して急いで避難しないといけない場合や、交通機関のトラブルなど、突発的な事態への対応では、音がなければどうなっていただろうか、と思うようなことが多々ありました。

また、会場を命・街・森・水・空・地というテーマをもつ7つのエリアに分け、7名の著名なコンポーザーとサウンドクリエイティブチームによる、素晴らしい音空間演出が行われていましたが、それを奏でていたのも上記のスピーカーです。事前にスピーカーごとに、ちょうど良い音量・音質になるよう、最新の技術を用いた繊細な調整を行ったこともあって、万博会場の「いのちのアンサンブル」というコンセプトにもとづく、サウンドスケープデザインに貢献していました。

その他、1日平均100回、多い時には200回以上行われた様々なアナウンスと、その冒頭に鳴っていたチャイム音(“あの七音チャイム”としてSNS等でも話題に)を聞くと、楽しかった万博会場の思い出が蘇る、といった声も聞かれました。このように、万博会場では音が大活躍したといって良さそうです。

もちろん万博という独特な条件もあったのだとは思いますが、空間における音の重要性を強く再認識するきっかけとなりました。そして、その中で重要であったのは、数多くのスピーカーを、ただ一斉に鳴らすのではなく、“必要な場所に、必要な音を、適切な形で”届けたことであったと考えています。

冒頭の話に戻りますが、皆さんが手がける空間では、家具、素材、色、照明、香り、温熱環境、様々な要素を丁寧にコーディネートされると思います。これからは、それに加えて「音」についても一度考えてみませんか。今回の万博での経験を通じて、私はその思いをさらに強くしました。音を空間の一要素として上手に取り入れることで、「インテリアのラストピース」として空間価値の向上に大きな貢献ができるのではと考えています。

素敵な空間に身を置いた時、ほんの少しだけ目を閉じて、その場所の「音」を聞いてみてください。もしそこに何か違和感や、足りないものなどを感じたら、そこにはまだ「音」というラストピースが残されているのかもしれませんね。

音景舎ではこのように、これまでとは違った新たな方法で、家具や照明と同じように空間コンセプトから逆算してデザインし、「音のチカラ」を引き出すことに取り組んで参ります。ぜひ皆さんと、そうした新たなチャレンジをご一緒したいと願いつつ、筆を置きたいと思います。

万博会場に勤務中の筆者(山田邦晴/音景舎)

万博会場内に設置された約600台のスピーカー