ICA関西に所属する会員によるリレー形式で「室内装飾新聞」に「ICの視点」と題してコラム掲載しています。
3月号は、土谷 尚子さんに担当していただきました。

『ICの視点』 ~ 「フィンランディアホールに見る、アアルトの空間思想」
フィンランドの建築やインテリアは、自然や社会との関係性を大切にしながら形づくられてきました。教会建築や美術館、インテリア家具の見本市「Habitare」、企業訪問などを巡る中で、特に印象に残ったヘルシンキにあるフィンランディアホールを取り上げます。
フィンランディアホールは、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトの晩年の代表作です。1962年に設計され、1967年から1971年にかけて建設されました。キュビズム的なフォルムに、白大理石が装飾的に用いられた、印象的な建築です。磨かれた白大理石の明度と、手を加えない自然岩盤の深い色調。そのコントラストが、空間全体のリズムや視線の流れを生み出しています。素材の違いを「対比」として生かしながらも、過度な主張を感じさせない構成は、素材選びや色彩計画を行う際の指針として、学びの多いポイントでした。
フィンランディアホールは、ヘルシンキ中心部に位置し、国際会議や展示会、コンサートなどが行われる文化施設として、多くの人々に親しまれています。トーロ湾と公園に隣接した立地も魅力で、ウォーキングをする人や自転車に乗る人、遊具で遊ぶ子どもたち、バレーボールを楽しむグループなど、日常の風景が広がっています。建築と自然、人の営みがゆるやかにつながる空間は、「ウェルビーイング」という言葉が自然と浮かぶ場所でした。
今回は、2025年6月にオープンした常設展示「フィンランディア展」を訪れました。以下の章立てで構成されています。
OVERTURE
歴史や出来事、ホール誕生の背景など、フィンランドの物語から始まります。
POWER OF LIGHT
光の扱いそのものが空間構成の要素として示されています。アアルトが手がけた照明器具や家具を通して、光とデザインの関係が立体的に伝えられます。
WOODLAND
森の世界へ。フィンランドのさまざまな木材が紹介され、アアルトの創造性が、自然と密接に結びついていることが読み取れます。映像による自然体験やサウナ文化の紹介もあります。
TOGETHER
アアルト家の成り立ちや、アアルトが歩んできた人生を知る章です。
中でも、特に印象に残った章が「MY AALTO/TOUCH OF AALTO」です。ここでは、素材に触れ、展示に“痕跡”を残すことができます。
テーブルの上には、決まった形ではない素材のサンプルがランダムに置かれています。並べたり、積み重ねたり、特に何かを完成させる必要もありません。完成を求められない構成そのものが、この空間の特徴です。
片づける必要もなく、誰かがつくった形を、また別の誰かが触り、変えていく。その様子をただ見ているだけでもよいという空気感。縛られない創造性と、人に委ねる余白が、アアルトの思想を空間として表しています。
フィンランディア展を通して浮かび上がるのは、建築やインテリアが「完成されたもの」ではなく、人と関わりながら育っていく存在であるという考え方です。
触れてよい、痕跡を残してよい、そして次の誰かへと委ねていく。
素材に自由に関われる余白をあらかじめデザインしておくことは、空間の完成度を高めるだけでなく、使い手との関係性を長く育てていくための重要な視点だといえるでしょう。
そのおおらかな姿勢は、アアルトの思想であり、フィンランドの暮らしの基底に流れる価値観のひとつでもあると推察します。
美しさと機能性、そして人の営みが自然に重なり合う空間。
フィンランディアホールは、建築を「見る場所」であると同時に、これからの空間づくりのあり方を静かに問いかけてくれる場所でした。
日本の空間づくりが秩序や美しさを大切にしてきた一方で、ここでは人の行為や痕跡を受け止める余白そのものが、ウェルビーイングを支える要素として機能しているように思われました。

磨かれた大理石と手を加えない自然岩盤の対比が際立つ

木材の違いを視覚と触覚の両面から伝える構成

素材と人の関係性をそのまま見せるテーブル

誰かのつくった“途中”にまた誰かが触れる

土谷 尚子 /株式会社ビケンコーポレーション 代表取締役