ICA関西に所属する会員によるリレー形式で「室内装飾新聞」に「ICの視点」と題してコラム掲載しています。
11月号は、鶴身裕美子さんに担当していただきました。

室内装飾新聞11月号より

『ICの視点』 ~ 多様性に寄り添うデザインがつなぐ社会

近年、建築やインテリアの分野では「デザインの美しさ」や「機能性」だけでなく、誰もが安心して過ごせる空間づくりが強く求められる時代になっています。社会の多様化が進む中で、年齢・性別・国籍・障がいの有無など、多様な背景を持つ人々が共に暮らす今、空間が果たすべき役割も大きく変わりつつあります。

その一例として、私は「2025年大阪・関西万博」でOSAKAWEEK枚方市ブース内に設置されたカームダウン・クールダウンスペースのプロデュースを担当しました。ここは、発達特性のある方や小さなお子さま連れの方、さらには来場の混雑や熱気に疲れを感じた方など、誰もが安心して気持ちを落ち着けられる空間です。

従来、展示会や商業施設における「休憩スペース」といえば、椅子やテーブルを並べただけの単調な場であり、心の安らぎまでは十分に配慮されていませんでした。今回のスペースでは、「メンタルへの配慮」を軸にデザインしました。カラー計画にはカラーセラピストとしての知見を活かし、色が人の心に与える効果を意識。家具や素材も肌ざわりの良いものを選び、限られた面積の中で安らぎを感じられるよう工夫しました。

結果として、会期前半の2日間(7月29・30日)で130名以上、後半の3日間(9月13〜15日)では300名を超える方々にご利用いただきました。合計430名以上の来場者がこのスペースで過ごし、利用者からは「人混みで気持ちがつらくなったときに呼吸を整えられた」「建物内に授乳スペースが無いので助けられたし、授乳の合間に自分もリラックスできた」「体温調整が苦手な子どもが休めて落ち着けた」といった声が寄せられ、空間が人の心身に与える影響の大きさを改めて実感する機会となりました。

この経験を通して強く感じたのは、「多様性に寄り添う空間」は特別なものではなく、社会に根づくべき新しいスタンダードであるということです。住宅においては家族一人ひとりの居心地を尊重した間取りや素材選びが、公共空間においては「誰でも気軽に利用できる安心感」が不可欠です。バリアフリーという概念は、段差の解消にとどまらず、心理的な壁も取り払う考え方へと進化すべきです。それに伴い、私たちインテリアコーディネーターや設計者の役割も広がる必要があります。

「居心地の良さ」は人によって異なります。静けさを必要とする人もいれば、光や色の刺激に安心感を覚える人もいる。その違いを受け止め、多様な人が安心して過ごせる“選択肢”を空間に組み込むことこそ、これからの時代に求められるデザインの方向性だと考えます。

特に今後は、住宅やオフィス、医療・福祉施設、教育現場といったあらゆる空間において、この考え方を応用していくことが重要です。例えば住宅では、家族全員が集まるリビングの心地よさだけでなく、ひとりで気持ちを落ち着けられる小さなスペースを確保することが、暮らしの質を大きく高めます。オフィスにおいても、集中のための静かな場所と、コミュニケーションのための開かれた場を共存させることが、多様な働き方を支えることにつながります。

私のインテリアコーディネーターとしての使命は、見た目の美しさや流行にとどまらず、「心身ともに健やかでいられる空間」を提案し続けることです。しかし、こうした取り組みは一人の実践にとどめてはいけません。多様性に寄り添う空間づくりは、社会のインフラに近い性質を持つものだからです。

これからのインテリア業界は、「美しいデザイン」から「包摂するデザイン」へとシフトする必要があるのではないでしょうか。多様性を尊重する空間を新しい標準として根づかせていくこと。それは個々の取り組みにとどまらず、業界全体として共有し、発展させていくべき課題です。これこそが私たち専門職の社会的使命であり、次世代に引き継ぐべき価値だと確信しています。

実装されたカームダウン・クールダウンスペースと鶴身

カームダウン・クールダウンスペース入口

イメージ手描きパース

  鶴身裕美子 /MAGENTART