ICA関西に所属する会員によるリレー形式で「室内装飾新聞」に「ICの視点」と題してコラム掲載しています。
9月号は、東 美恵子さんに担当していただきました。

『ICの視点』 ~ 「そうだったのか、建築用語!」
この仕事を長く続けていると、いつの間にか「当たり前」になっていることがある。
それは、経験を通して身についたこともあれば、自ら勉強して得た知識もある。だが中でも、現場での経験を通してしか覚えられなかったもの──それが「業界用語」、いわゆる建築用語ではないだろうか。
約30年前、私がこの仕事を始めた頃、最初に配属されたのは、鉄筋コンクリート造の修道院新築工事の現場だった。
当時私は、建築士とICの資格を取得したばかりで、意気揚々と現場に乗り込んだのだが、設計図書とは別に、すべての部材に施工図があり、その図面の種類と職種の多さに圧倒されたのを今でも覚えている。
設計図書は理解できても、施工図には聞いたことのない言葉が多く記載されていた。
たとえば「ヌスミ」。意味がわからず、施工図を片手に現場へ行き、職人さんに「これは何ですか?」と尋ねた。するとその場で立て込んでいる型枠を指し、「これが“ヌスミ”だよ」と教えてくれた。
ヌスミとは、サッシや建具、設備機器などを正確に取り付けるために、あらかじめ躯体に設けておく「寸法的な余裕」、つまり取付代や逃げ(施工的な余裕)のことだった。
仕上工事が始まると、現場で「この枠、恥かくけどどうする?」と尋ねられることがあった。
“枠が恥をかく”?——最初は意味がわからなかった。
結局それは、枠材が壁面より凹んでしまい、納まりが悪いことを指していたのだが、昔の職人文化では見せるべきでない部分が見えてしまうこと、また美しく納まらないことを“職人の恥”と捉えたことに由来しているらしい。つまり、「見映えが悪くて恥ずかしい」という発想だ。
建築業界では、寸法の表現に「ミリ」を基準とする文化がある。
図面も現場もミリ単位(㎜)で統一されている。これは、誤差が出にくく、計算がしやすく、図面にも書きやすいという理由によるものだという。
では、なぜ1センチを「ジュウミリ」ではなく「トウミリ」と言うのか?
これも業界特有の慣習で、単純に耳で聞き間違えないための工夫らしい。
私はこの「トウミリ」という響きが、どこか耳に心地よく、案外好きだ。自分の口から自然と「トウミリ」と発したとき、一人前になったような気がしたものだった。
寸法に関する話でもう一つ、用語ではないが不思議に思っていたことがある。
それは、現場での墨出しのとき。
当然スケールを使って寸法を測るのだが、先端には引っかける「ツメ」が付いているにもかかわらず、それを使わず、「0」ではなく「100㎜」を起点にして測る。
つまり、1000㎜地点に墨を打ちたい場合、スケールでは「1100㎜」の位置に印をつけるわけだ。
慣れるまではよく間違えた。だが、建物が大きくなるにつれ、たった0.1㎜の誤差が最終的に5㎜、10㎜というズレにつながることがある。
それを防ぐために、誤差が出やすいツメの“遊び”を避けて、スケールの途中の100㎜地点を基準にする。
これも、わずかなズレさえ許さない現場の工夫から生まれた知恵だろう。
建築用語を挙げればキリがないが、一般の方でも知らず知らず使っている言葉の中に、実は建築用語があると気づくと面白い。
たとえば「踊り場」。踊るわけではないが、階段で立ち止まり向きを変える様子が踊っているように見えるから、あるいは江戸時代の町屋で、子どもが遊んだり踊りの稽古をした空間だったという説もある。
動物が登場する用語も多い。
「犬走」は、建物の外周に設ける狭い通路で、犬が走れるくらいの幅という意味合いがある。
「キャットウォーク」は、猫が歩くわけではないが、天井裏などの点検用歩廊をそう呼ぶ。
「ハト小屋」も、実際に鳩がいるわけではなく、屋上に立ち上げて設備配管や天窓を設置するためのものをそう呼んでいる。
初めての現場では、飛び交う言葉の数々に戸惑い、聞き返すことすら恐る恐るだった。
早く皆と同じ“共通言語”で会話がしたいと、心から思っていた。
けれど、そうした用語のひとつひとつが、今の自分をつくってくれたのだと思う。
建築の言葉を覚えることは、建築の心を知ることでもある。
そして私は、これまで学んできた言葉や知識を、お客様にとってもわかりやすく、誠実に伝えていくことを、何より大切にしていきたいと思っている。

聖堂内部

エントランス

東 美恵子/株式会社EAST-1 一級建築士事務所